金魚すくいの歴史 いつの時代から?きっかけは?

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お祭りの定番と言えば「金魚すくい」がありますよね。

水の中で赤や黒などの金魚がたくさん泳いでいるのを見かけると

何だかウキウキしてきませんか?

すくいはじめたらどれだけドキドキしちゃいますよね。

でも、なんで金魚をすくって遊ぶのでしょうか?

金魚すくいがいつどうして始まったのかって知ってますか?

今回は、金魚すくいの歴史について迫っていきたいと思います。

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金魚すくいの歴史をたどる いつ何のためにはじまったの?

実は金魚すくいというのは、結構歴史が長いものなんです。

金魚が日本にやってきたのは、室町時代の末期です。

当時はとても高級品でした。

金魚と言うのは、もともと中国でフナが突然変異をして

赤くなったものだと言われています。

それから改良などされていくうちに

尾びれなどが華やかになっていき

そんな姿から金運をもたらすという意味で

「金魚」と呼ばれるようになっていきました。

川とかで金魚をたまに見かけたりしますが

突然変異の赤いフナを人間がどんどん進化させていったもので

自然界には本当は存在しないハズのものだったんですね。

そんな金魚ですが、室町時代に日本にやってきて

江戸時代になると金魚の養殖が行われるようになります。

養殖が盛んになり、大量生産されるようになっていき

高級だった金魚の価格もどんどん下がっていきました。

価格の下がった金魚は、庶民でも手に入るようになり

どんどん広まっていきました。

庶民の間で広まってブームになった金魚ですが

価格も安く簡単に手に入るようになったことから

最初は、子供たちが金魚をすくって遊ぶことから

始まったようです。

誰が始めたかは不明ですが、もともとは魚獲りの

ごっこ遊びのようなものであったみたいですね。

こうして江戸時代後期には、今の金魚すくいのような

遊びが始まっていたようです。

赤くてキレイでかわいい金魚がたくさんいたら

子供たちは遊びたくなってしまうのは当然ですね。

金魚すくいの歴史 今の形になったのはいつ?

江戸時代後期の版画に、金魚すくいをしている姿が記録されています。

そこでは、木製の船と庭園風の箱庭に金魚が泳いでおり

子供がしっかりとした網で金魚をすくっている姿が描かれています。

最初は今のような紙のポイですくう形ではなかったんですね。

また、すくった金魚の持ち帰りシステムも

その時代には存在していなかったようです。

金額も決まっておらず、ピンキリだったみたいですよ。

明治から大正時代になってくると

すくった金魚の持ち帰りシステムも始まっていったようです。

持ち帰りシステムが始まると、たくさんすくわれては困るということで

しっかりとした網から、紙と針金の枠で作られた今の

「ポイ」みたいなものが誕生したと言われています。

当時のポイは、茶筒を型にし、針金を巻いてペンチで止め枠を作り

和紙を貼ったものでした。

金魚卸問屋が冬になるとこれをせっせか作っていたようです。

そして、お椀に入れて持って帰ることから

取っ手をつけた缶詰の缶を使って持ち帰るようになっていきました。

今のようなプラスチック製の枠に紙が貼ってあるポイ

そして紐がついた袋に入れて持って帰れるようになったのは

昭和30年以降です。今となってはお馴染みのプラスチックですが

プラスチックの原料は石油であるので

ポイにしても袋にしても、その時代ではそう簡単に使える素材ではなかったからです。

それでも昔の人は、色々と工夫をしてポイを作り

持ち帰る容器を作り、金魚すくいを楽しんでいたんですね。

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まとめ

お馴染みの光景である金魚すくいですが

かなり昔から行われていた遊びだということがわかりましたね。

突然変異で生まれた金魚を大量生産し

遊びに使ったことから始められた金魚すくい。

今の時代でも変わりなく続けられているということに

ビックリしてしまいますね。

お祭りで金魚すくいを見かけるとついついやりたくなってしまいます。

金魚すくいの歴史をわかった上で遊ぶと

新たな楽しみや発見があるかもしれないですよね!

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